【論考】「うちの社員はITが苦手」と諦める前に経営者がやるべきこと ── 30名規模からの逆算

「うちの社員はITが苦手だから、AIなんてまだ早い」── この言葉を、私はこの1年で何十回聞いただろうか。商工会議所のセミナー後、地方の社長会、二代目経営者の勉強会。200社以上の現場で中小企業のAI導入に関わってきて断言できるのは、この一言で思考を止めてしまう経営者ほど、3年後に深刻な人材難に直面するということである。本稿は、従業員50名以下の中小企業に焦点を絞り、「社員のITリテラシーが低い」と諦める前に経営者がやるべきことを、現場の実感から逆算して論じる。

「うちの社員はITが苦手」は、9割が経営者の言い訳である

まず結論から述べる。従業員50名以下の中小企業で「うちの社員はITが苦手」と語る経営者の発言は、9割が事実ではなく経営者自身の言い訳である。正確には、経営者本人がITやAIを触っておらず、判断軸を持っていないために、社員のリテラシーを過小評価して諦める口実にしているケースが圧倒的に多い。

私が直近1年で関わった50名以下の中小企業のうち、社員に簡単なアンケートを取った会社が30社ほどある。結果はほぼ共通していた。「業務でChatGPTやGeminiを個人的に試したことがある」と答える社員が、20代〜30代では4割を超える。にもかかわらず、経営者は「うちには誰も使える人間がいない」と思い込んでいる。社員は会社で公式に許可されていないから黙っているだけで、家で触っている人間は思っているより多いのである。

つまり、苦手なのは社員ではなく経営者自身であるケースが極めて多い。これは責めているのではない。社員5〜50名の会社の社長は、営業も総務も資金繰りも採用も全部やっている。AIを学ぶ時間が物理的にないのは当然である。しかし、自分が触っていないのに「社員には早い」と判断するのは、本来あってはならない経営判断である。AIの導入可否は、社員のスキルではなく、経営者自身が触ったうえで決めなければならない問題なのだ。

大企業の「全社研修モデル」を持ち込むから失敗する

では、経営者が「AIをやろう」と決めた後、なぜ多くの50名以下の中小企業は失敗するのか。最大の原因は、大企業向けに作られた研修・コンサル・SaaSをそのまま中小企業に持ち込むからである。

大企業には専任の情シス部門があり、人事部にL&D(人材開発)担当がいて、全社員一律のリテラシー底上げ研修を年間計画で回せる。失敗してもPoC予算が別途あり、何度でもやり直せる。IT投資余力は数千万から数億円規模。これに対して従業員50名以下の中小企業はどうか。情シスはゼロ、経営者か兼任の若手社員が片手間で対応している。IT投資は月数万円から、頑張って数十万円。一度導入して失敗したら、その瞬間に「やはりうちには無理だった」と全社で諦めムードが固定化する。失敗の許容度がまるで違うのである。

さらに人材構成の差が大きい。大企業は採用競争で一定水準以上の人材を継続的に確保できる。50名以下の中小企業は、応募者ゼロの月もある。20年30年勤続のベテランがエースで、その人がITに強い抵抗感を持っているケースも珍しくない。この状況で「全社員一律3日間のAI研修」を導入したらどうなるか。ベテランは反発し、若手は退屈し、現場は混乱して終わる。私はこのパターンを過去2年で何度も目撃した。

これは中小企業が劣っているのではない。条件が違うのである。条件が違うのだから、設計を変えなければならない。それだけの話なのだが、大手研修会社の営業はその違いを理解していない、あるいは理解していても自社の標準プログラムを売るしかない構造になっている。

30名規模からの逆算 ── 全員ではなく「2人」から始める

では、従業員30名前後の中小企業はどう設計すべきか。私が現場で繰り返し提案しているのは、「全員を底上げしようとしない」という発想である。

30名の会社で全員一律研修をやると、必ず3割は寝るか、上の空になる。これは社員のやる気の問題ではなく、業務との接続が見えない研修は人間誰でも集中できないという生理的な話だ。代わりに、最初は2人だけでいい。経営者自身と、社内で最もAIに興味を持っていそうな若手か中堅、この2人をまず徹底的に育てる。残りの28名は当面いまのままで構わない。

この2人が3ヶ月で何をやるか。自社の業務のうち「議事録作成」「見積書のドラフト」「メール返信の下書き」「顧客リストの整理」など、明確に時間を食っている定型業務を1つか2つ選び、そこにAIを組み込んで月20〜40時間の削減を実証する。数字で出す。これが出てくると、社内の空気は一変する。「あの業務、AIで半分の時間になったらしいよ」という噂が社内で流れ始めると、興味を持つ社員が自然に2人目3人目と出てくる。そこで初めて第2陣の研修を組む。これが30名規模からの正しい逆算である。

重要なのは、この設計を経営者一人でやろうとしないことだ。月数万円でいいから、自社でAIを日常的に使っている外部の伴走者を入れる。一発勝負のコンサルではなく、月1〜2回でも継続的に相談できる相手が必要である。逆に言えば、自社でAIを使っていない研修会社やコンサル会社は、この段階では選んではいけない。座学はできても、現場の試行錯誤に伴走できないからだ。

ベテランの抵抗は「個別最適化」でしか溶けない

もう一つ、50名以下の中小企業で必ず話題に上るのが、「ベテラン社員の抵抗をどうするか」である。勤続20年、現場の要、社長の右腕。この人がパソコンに苦手意識を持っていて、新しいツールに拒否反応を示す。経営者は強く言えない。これは大企業にはほぼ存在しない、中小企業特有の構造である。

私の経験上、ベテラン層に集合研修は効かない。プライドが邪魔をして、若い講師の前で「わからない」と言えないからだ。効くのは個別最適化である。そのベテランが日々やっている業務、たとえば「客先への提案書を3時間かけて書いている」という具体的なシーンに対して、隣に座って一緒にAIを使い、2時間が30分になるところを目の前で見せる。これを1回やると、態度が変わる人が7割はいる。

つまり、50名以下の中小企業のAI教育は、集合研修モデルではなく、業務に貼り付いた個別伴走モデルでなければ機能しない。これは1人あたりのコストが高く見えるが、30人のうち本当にAIに触れてほしいキーパーソンは5〜8人程度に絞れる。その5〜8人に集中投資した方が、結果として全社一律研修よりはるかに安く、確実に成果が出る。

経営者がやるべきことは、この「誰に集中投資するか」を決めることだ。社員のITリテラシーが低いと嘆く前に、自社の30名なり50名なりを見渡して、最初の2人、次の5人、その次の10人という順番を設計する。これは外部の研修会社には絶対にできない。社内の人間関係と業務の重みを知っているのは経営者だけだからである。

諦める経営者と、逆算する経営者の分岐点

「うちの社員はITが苦手」と諦める経営者と、30名規模から逆算して動き出す経営者の差は、これからの3年で取り返しがつかないほど開く。理由は単純で、AIを業務に組み込んだ会社は、1人あたりの生産性が確実に1.2倍から1.5倍になり、その分だけ採用難にも給与水準にも耐えられるようになるからだ。逆に何もしない会社は、人を採れず、いる社員が疲弊し、辞めていく循環に入る。

従業員50名以下の中小企業の経営者がいま本当にやるべきは、自分でAIを毎日触ること、自社の業務に最も詳しい2人を巻き込むこと、そして自社でAIを使っている伴走者を月数万円から確保することである。汎用ツールを渡すだけの導入支援や、大企業向け研修の縮小版では成果は出ない。業務設計から入る、中小企業の現実に合った教育と伴走が必要である。

諦めるな、とは言わない。諦める前に、まず自分が3時間だけChatGPTに触れ。話はそれからである。

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